家事労働フリーな社会

日本での暮らしと比べて、香港生活何が楽かといえば、やはり「食事の用意に悩まなくていいこと」だろうか。

香港では、外食産業が家庭の台所にとって替わるほどに発達している。朝早くからお粥屋や麺屋、茶餐庁と呼ばれる大衆食堂やら、飲茶屋がオープンしているし、どんなに真夜中まで残業しようと、酔っ払って千鳥足で帰ってこようと、何時でもその辺で手軽に安価な食事ができるのはありがたい。あまった食事を持ち帰ることも一般的なので、最初から少し多めにオーダーして、持ち帰ったものを冷凍庫にストック、なんてこともできる。つまり、この「外食天国」香港では、毎日料理しなくても健康を損ねることもなければ、破産することもなく生きていけるのだ。

私の周りの香港人達は、ほとんど料理をしたことがないようだ。そりゃぁ、する必要がないもの、当然だ。香港人を招いてホームパーティーをすると、手伝ってくれるのは男性に多く(ジェントルマンシップの浸透した土地柄なのだ)、女性は皆、座っている。たまに手伝いを申し出てくれる女性もいるけれど、普段台所仕事を滅多にしたことがない彼女達は、申し訳ないけど戦力にならない。こちらで料理教室を開いている人の話では、「香港人の生徒が入ってくると、包丁の使い方からレクチャーしないといけない」と言っていた。そういえば前に、私が香港人の前で大根の皮をかつらむきしてみせたら、非常に驚かれたことがあった。

この、香港にみられる「料理しない傾向」は、何も独身者だからというのではない。結婚しても、料理をつくらずに済ませているカップルはゴマンと居る。作るのが好きなら作ればいい、でも、作るのが嫌い、もしくは苦手なのであればしなくてもいい。この社会では、料理するかどうかはあくまでも個人の趣味の問題で、生活するために欠かせない義務ではない。だから、女性だからといって必ずしも料理ができなくても問題にはされないし、男性でも料理に興味があれば趣味として作っている。

職場の同僚女性達に聞いてみると「自分で料理するときは、週末に麺をゆでて食べるくらい」、「結婚してからの17年間で、料理を作ったのは3回だけ」、「夫は料理得意でおいしい食事を作ってくれるけど、私は全然」などと言っている。中には、毎朝彼氏のつくる手作り弁当を持参する女性社員もいたりする。香港に来てからの10年間というもの、数え切れないほどの香港人たちと接してきたけれど、高齢者を除いて専業主婦という女性にお目にかかったことがない。

子供が居る家庭の場合はというと、フィリピンやインドネシアなどから出稼ぎに来ている家政婦さんを雇っている家庭がほとんどなので、彼女達が日に三度の食事を用意する。食事だけではない。彼女達の仕事は、家事全般に子供や老人の世話。お給料は、住み込みで働いても一ヶ月で約6万円弱。安価な労働力が、香港の家庭の実務を支えている。子供が居ないから住み込みの家政婦を雇うほどではないという場合でも、週に数時間のみ通いの家政婦さんに来てもらい、家の掃除をしてもらうという人も大勢居る。2時間で700円程度、週に一回来てもらって家が綺麗に保てるのに、なんでわざわざ自分で掃除しなきゃならないの?と言う友人の言葉は、説得力に溢れている。ちなみに、こちらのクリーニング店には必ず「量り洗い」制度がある。袋一杯の洗濯物を持ち込み、店先で重量を秤る。重さに合わせて課金され、数日後には水洗い&乾燥された洗濯物が綺麗にたたまれて戻ってくる。一週間分の洗濯物を持ち込んでも数百円。香港家庭には洗濯機すら必要ない。

確かに、家庭の家事労働がそういう形で代替されうるものならば、女性だからといって行動を制約される必然性はなくなる。でも、それじゃぁ女性しかできないこと、たとえば出産なんてどうなるのか?というと、これまた合理的だ。香港の女性は、好んで帝王切開で出産する人も多いらしい。出産前日まで働き、帝王切開予定日には朝から病院に行って出産、産休後に何食わぬ顔でばりばり職場復帰する。家には住み込みのお手伝いさんが居るから、夜遅くまでの残業や友達との付き合い、出張なんかもバンバンこなす。だから独身者の私なんかとも、以前と変わらず付き合ってくれる。そんな彼女達は、妻として、母として、そして職業人として様々な顔をもっていて、相手や状況に合わせて、豊富な話題の引き出しからいろんなネタを手品のように次々とだしては披露してくれる。

私自身は、家政婦を雇うこともなく、一通りの家事は自分でこなしてきた。料理をしないこともない。でも、香港での暮らしが長くなるにつれ、必然的に料理の回数は減り、その腕は確実に落ちたという自覚がある。日本の「お嫁さん基準」に照らしたら、明らかに市場価値は低いだろう。それでも、香港だったらかなり「付加価値高し」と評価される?!いやいや、そもそもそんなことは期待されていない香港社会。それよりも、話題が豊富で生命力に溢れる香港女性が多い中で、いかに活き活きと人生を生きているか、のほうが大事なのだ。