香港クリスマス紀行

クリスマスが近づいてきた。
そして毎年、私のイブは会社のクリスマス会で潰れることとなる…社員想いのいい会社だ。なんでわざわざイブの夜にやるかなぁ?とみんなで文句を言いつつも、会長・社長寄贈の豪華景品が多数用意されているこの会は社員の毎年の楽しみで、ほぼ全員が参加するという高い出席率を誇っている。

さて、ある年のイブのこと。友人たちと夜中まで騒ぐべく、クリスマス会終了と同時に私はそそくさと街に繰り出す準備をしていた。ところがそこで、広州事務所から参加していた中国人スタッフA君が一人ポツンとしているのが眼に入った。彼は私が弟分として可愛がっている、新卒の若手社員。日本語を話すので、私とはよく一緒に仕事をしている。「A君、私今からクリスマスの街に遊びに行くんだけど、一緒についてくる?」と聞くと、それまで心細そうにさ迷っていた彼の眼がきらりと光った。「行きたい!連れて行ってください!!」

実は、A君がこの日心細そうにしていたのには訳があった。なんと、彼にとってこれが生まれてはじめての「クリスマス体験」だったのだ。
広州に行くたび、中国語が話せない私のお世話係をかってでてくれる可愛いA君のために、その日私は小さいクリスマスブーツを用意していた。そう、この時期よく見かける、お菓子入りの赤いブーツだ。昼間の会議のあと「いつもありがとう。これ私からのクリスマスプレゼントね」といって渡すと、「ぼく、クリスマスプレゼントは初めてです…」と神妙な顔。今年初めてのプレゼント?と聞くと、「いいえ、生まれて初めてもらうクリスマスプレゼントです」と。そうか、中国ではまだまだこんな西洋的お祭り騒ぎは一般大衆化していなかったんだ。彼にとってのせっかくの初体験?をこんなちゃちなプレゼントで奪ってしまったことに妙な罪悪感を感じるオヤジ的心境な私。だから、とっさのひらめきで彼にクリスマス体験をさせてあげようと思い立ったというわけだ。

かくして、私と彼の『香港クリスマスイブ紀行』?の始まりだ。時計は22:00を回っている。

まず、香港島の湾仔からスターフェリーで対岸のチムサチョイへ渡る。地下鉄でも移動は出来るのだけど、敢えてスターフェリーを選んだのは、この時期のビクトリアハーバー沿いの夜景を眺めるため。海沿いの高層ビルは毎年趣向を凝らしたイルミネーションで彩られ、それはまるで海辺に並ぶ巨大なクリスマスカードのようだ。いつもは座れるのに、この日はさすがに溢れんばかりの乗客で東京山手線の殺人ラッシュ並み。「どうしてこんなに人が多いんですか?香港は怖いですね」と怯えるA君。それでもなんとか窓際の特等席を確保する。ゆっくりと桟橋を離れてビクトリアハーバーの中ほどまで進むと、両岸の景色が目の前に広がった。あのビルが○○で、こっちは××…と説明する私の声も耳に届かない様子で、夜景に心奪われているA君。「香港の夜景は本当に美しいですね…」と教科書にでてきそうな表現でつぶやいているのが可愛い。

チムサチョイのスターフェリー前は、これまた人でごった返していた。ネイザンロードは歩行者天国となり、サンタの帽子をかぶった人たちが所狭しと闊歩している。東京でOLしていた私は、ごったがえす地下鉄構内で鍛えた人込みを縫って歩く要領でひょいひょいと前に進めるのだけれど、A君にはそのコツがつかめないらしい。「大丈夫?ついて来れる?」と後ろに向かって叫ぶと、「大丈夫です!僕、A.さんについて行きますぅ!!」と私が歩いて進んでいる後ろを小走りで追いかけてくる…コンパスは明らかに彼のほうが長いはずなんだけど。

目的地はネイザンロード沿いにある教会。私はクリスチャンではないけれど、普段仲良くしている友人家族がここの信者で、私も時々クリスマス礼拝だけは一緒に参加している。レンガ建ての礼拝堂の中は品よく飾り付けられ、ギター片手にフォークソング調の賛美歌の披露があったり、ダンスパフォーマンスがあったり、キャンドルサービスで全員が蝋燭片手に唄ったりと、信者じゃなくとも楽しいカウントダウンイベントだ。建物の中に入りきれない人たちは屋外特設スクリーンの前に座って一緒に参加できるのだけれど、その開放的な雰囲気もまた楽しい。そこでA君を連れて友人家族に合流する。生まれて初めてのクリスマス体験なら、やっぱり正しいクリスマスの知識を身につけさせねばならないという使命感にも似た姉心だ。

カウントダウン礼拝も終わり、そのまま近所の友人家族宅へと流れた。いつも集まる仲間達の間でも特に独身者だけを集めて、友人家族がもてなしてくれるのだ。居間には本物の大きなクリスマスツリー。普段はもう寝ているはずの子供達がこの日は興奮して駆けずり回っている。友人がお茶を入れてくれ、家庭的な雰囲気の中でしばしおしゃべりを楽しんだ。緊張の為か借りてきた猫のように大人しい飛び入り参加のA君にも家族のように接してくれる。これぞ、本当のクリスマススピリットである。

ふと気がつくと、もう夜中の2:00を回っている。私は友人宅を一足先に失礼してA君をホテルに送り届けることにした。タクシーに乗り込んだところで質問してみる。「A君、初めてのクリスマス、どうだった?」するとA君、なぜか困惑したようにぼそぼそと答える。「なんか、今まで聞いていたクリスマスと違ってたっていうか・・・」???一体、これまでどんなイメージを持っていたの?「クリスマスって、男の子と女の子が、一緒に公園に行く日だと思ってたんですけど…」   は?!

そういえば、九龍公園の前を私が足早に通り過ぎようとしたとき、彼が入り口で感慨深げに一瞬足を止め「ここは公園ですか?」と聞いてきたっけ。あの時、私は「そうよ」とだけそっけなく答えてそのまま通り過ぎたけれど、あの時から彼は混乱していたに違いない。どうりでその後ずっと不思議そうな顔をし続けていたはずだ。「確かにね、クリスマスには公園に行って過ごすカップルもいるよ。でも、私とA君が二人で公園に行っても意味無いでしょう?」と笑いをこらえて真面目に答えると、素直なA君、やっと納得したように「そうですねぇ」と深く頷く。どうしてそこで素直に納得してみせるかなぁ?!?!「これ、君は営業マンなんだから。そういうときには嘘でもいいから『いえ、A.さんと一緒なら光栄です』くらい言いなさい!」とたしなめると、我に返ったように「あ、はい。すみません」とこれまた素直に詫びるA君。これだから、教育してあげなきゃいけないとますます姉気取りになる私(笑)。

そんなA君もそれから数年経って精悍な顔つきとなり、仕事上でも成長のあとが見られるようになってきた。それもそのはず、彼は翌年早々に結婚を控えていたのだ。「A.さん、僕、来月結婚することになったんですけど、結婚式に参加していただけますか?」とわざわざ聞きに来る可愛い弟分に、私は「もっちろん!」と二つ返事でOKする。結婚に備えて最近は新しいマンションを購入したりと準備を進めていたことを知っていたので、「もう家も用意したし、あとはお嫁さんを迎えるだけね。いいなぁ、私のこともそうやって迎えてくれる人いるかなぁ」と言うと、最近では営業トークをだいぶ身につけたA君、すかさず謙虚に微笑んで答える。「それはないでしょう~!」…A君、営業トーク以前に日本語が大幅に間違っているよ。内心おもいっきり突っ込みを入れたい衝動に駆られたものの、おめでたい報告をしてくれてるのにちゃちゃを入れてはいけないと、その場はぐっと堪えた姉心の私(涙)。

さぁ、今年もまぶしいクリスマスの時期が近づいてきた。