香港バレンタイン事情

香港のバレンタインは、男性から女性に愛情を表現する日だ。恋人の腕に自分の腕を絡め、もらった花束を誇らしげに抱えた女性が街を闊歩する日なのだ。

職場には、朝から花束がバンバン届けられる。日本のように義理で贈る風習はないので、全て恋人の男性か夫から送られてくるものである。さすが旧イギリス植民地、こんなところにも西洋的ジェントルマンシップが浸透している。

たまに一人の女性に複数の花が届くこともある。隣の席の女の子にはある年同時に二つも豪勢なフラワーバスケットが届き、「こっちのは今の彼氏から」「そっちのは最近の彼氏から」なんて言っていた。「あー、デスクの周りには場所がないのに二つもどうやって置こうかしら」なんて贅沢な悩みをつぶやく彼女に「バスケット二つをどう並べるかより、その二人の男性をどううまく自分の人生に配置するのかを悩むべきなんじゃないの~?」なんて指をくわえながら突っ込みを入れる私。

日本では【今年はチョコをもらえるのだろうか】と密かに悩む男性が多いのだろうが、香港ではそれが女性の悩みであるように思う。もっとも、前述のとおり義理チョコ文化がない香港では、オール オア ナッシング。既婚だろうが未婚だろうが、とにかく特定の男性から【本気で愛されているか】がシビアに、そして如実に世間に公表される、恐ろしい一日なのである。

ちなみに、このバレンタインに先行した季節行事に旧正月というものがあるが、これもある意味シングルには残酷なのだ。親戚間のみならず職場の同僚や友人同士でも既婚者であれば未婚者にはお年玉を渡す、という風習があるため、必然の流れとして、毎年【既婚】【未婚】のステータスが職場全員の知るところとなる。

さて、ある年のバレンタイン。

朝一番に、独身女性盟友(香港人女性)から携帯にメッセージが届いた。「今日はWorld Sisterhood Day。だから大事な女友達にメッセージを贈りあう日。このメッセージを受け取ったあなたは、女友達から大事に思われているのよ。もちろん私も、あなたのこと大事に思ってるからね。」普段から独身道について語り合っている彼女ならではのメッセージだ。そういう日が本当に存在するのか、どのくらい市民権を得た習慣かは知らないが、おかげで今日一日孤独感に苛まれることは無さそうだ。

さて、そんなメッセージに和んだ気分で出勤。私には花束が届くあてもない。

ところがだ。デスクに着いて間もなく、同僚から花のモチーフのブローチをもらった・・・ただし、くれたのは女の子。「いつも仕事教えてもらってるから~」といって。うーん、女の子からバレンタインギフトをもらっちゃうのって、なんかちょっと違う気もする。でも、私が彼女を大事に思って一緒に仕事をしてきたことを感じ取ってくれていて、私のことを考えて喜びそうなプレゼントを用意してくれて、さらに「大事な人に愛情表現をする」というこの日を選んで渡してくれること。その気持ちが素直に嬉しい。

さて、席に座って清清しく仕事を始めたところ、日本留学経験のある香港人の男性同僚達が「日本人のA.さーん、僕達にチョコは無いの~、義理でもいいから~」と騒ぎ始めた。はいはい、ちゃんと用意してますよ。もちろん日本のように職場で女性から男性にチョコを配る習慣は無いけれど、まぁ理由は何であれ日頃の感謝を表明するきっかけにしてしまってもいい。独身の私は毎年みんなからお年玉をもらってばかりだし。そこで、大きな箱に入ったアーモンドチョコをおもむろに広げ、フロア全員に「Happy Valentine’s Day!」といいながら配り歩いた。何で女性が、しかもチョコを??と怪訝な顔をする同僚達に、「日本の習慣」と説明しながら。義理チョコをねだってきた日本留学経験組には「義理チョコにはホワイトデーにお返し、っていうのも日本の風習だってこと、ちゃんと知ってる?」と、にやっと笑顔でリマインド。

この日はE-mailにもバレンタインのメッセージが多い。これは花束を贈ったりするのと違って、同性・異性関係なく友人同士気軽に送りあう。私のことを日頃から可愛がってくれる年上の友人(香港人男性、既婚)からもメッセージが飛び込んできた。クリックしてみると「Love love love love love love・・・」と永遠に続く赤文字で画面が埋め尽くされているシロモノ。うーん、びみょーっちゃびみょーだなー。まぁ、彼なりの兄心?とりあえず「ありがとう、お兄ちゃん!」と返事を打つ。

お昼休みから戻ってきたら、朝に義理チョコをねだってきた男性同僚が「Happy Valentine’s Day」といって、私がしたように義理チョコを配り始めた。真っ先に私のところに配りにきたところをみると、気を遣ったらしい。男性が義理で、しかもチョコを配り始めるという光景。慣れない事態にますます首をかしげて混乱している同僚達。それでも甘いチョコをもらって気が和むのだろう、皆にっこりしている。もらう理由はイマイチわからないものの、要は、相手に対する親愛の情の一表現。その気持ちはお互いに充分伝わっている。

夕方になって、別の友人(香港人男性・既婚)からもバレンタインメールが届いた。日本通の彼からは以前、「女性だからって受身になってないで、気になる相手がいたら自分からチョコ贈れば?それが日本人の習慣でしょ」と親身な(?)アドバイスをもらったことがある。「どぉ、今年はチョコ買ったの?実は今日ランチに誘おうかと思ったけど、今日ってびみょーだからやめた(笑)。」という内容。相変わらず鳴かず飛ばずだよー。来年の旧正月までにはお年玉配る側にまわって、バレンタインには花束抱えて街を歩けるようにがんばるから、と報告すると「そっか、来年めでたく状況が変わってたらお祝いの意味で、残念ながら現状維持だったとしたら慰めの意味で、いずれにしても僕から君に義理チョコあげるから。そう思えばどっちに転んだとしても、とりあえず来年のバレンタインは寂しくないだろ?がんばれよ~。」とのありがたいながらも不思議な励まし。

結局その年、誰かから花束が届くことはなかった。でも、特定の男性に愛されているかどうかはともかく、大勢の同僚や友達から親愛の情をたっぷり感じられた一日に、私はとってもHappyなValentine’s Dayだったと満足したのだった。

 

広い意味で親愛の情を表現し合う、こんなバレンタインデーもステキだ。